みんな背中に
背負っているものはある。
なぜ砂漠にサーフボードを持っていくのか。 答えは単純だ。僕はサーファーだから。
「Yoshioさんって何者ですか?」
こう聞かれたら、こう答える。
「サーファーです。」
職業は?と聞かれたら「不動産屋です」と答える。 でも、何者か?と聞かれたら、サーファーだ。
だからサハラマラソン(サハラ砂漠マラソン)にサーフボードを持っていく。 「マラソンランナーが砂漠を走る」ではなく、 「サーファーが砂漠を歩く」。 それが、僕のサハラだ。
ゼッケン #167 YOSHITADA。砂漠でシャカ。
目立ちたいわけじゃない。
「なんでサーフボード?」とよく聞かれる。 目立ちたいから、ではない。 ただ、自分がサーファーだということを、 言葉より先に体で示したかっただけだ。
僕は基本的に口下手だ。 だからサーフボードがコミュニケーションツールになる。 「え?なんでそれ持ってるの?」という反応が自然と会話を生む。 言葉を使わずに、自分を表現できるアイテムだ。
みんな同じ格好をしても面白くない。 どうせなら「え?」ってなった方がいい。 自分らしさを貫くこと——それが一番大事だと思っている。
富士山で、思いついた。
毎年富士登山に行っている。今でも続けている。 3回目くらいの時に、ふと思った。
「サーフボード、
持って登ったら面白くないか?」
実際にショートボードを持って富士山に登った。 でも山頂付近は風が強すぎて、さすがに危険だと判断した。 そこで翌年に向けて、登山専用のサーフボードを自分で作った。
それからだ。滝行でもサーフボードを持っていくようになった。 登山は当たり前になった。そしてその延長に、サハラがある。 サハラは登山の延長線上にある、ただの次のフィールドだ。
富士山頂3,776m。ご来光とサーフボード。ここから全てが始まった。
登山用として作った初代ボード。「登山用」と書いてある。「明日やろうは馬鹿野郎」も。
滝行でもサーフボード。どこへでも持っていく。
「仕事も遊びも一生懸命 明日やろうは馬鹿野郎」
サハラのために、
ボードを削る。
サハラでは軽量化が命だ。 だから市販のボードは使えない。 使う材料から厳選して、自分でゼロから作る。
ボードを削るのは時間もお金もかかる。 でも本気で遊ぶ時こそ、作るところから始めた方が楽しい。 こういうものづくりが大好きだから、やめられない。
2025年:500g / 2026年:350gまで軽量化に成功。
▶ 2025・2026年の反省
2年連続で作ったボードは73cmにしていたが、 短すぎて体重がうまく逃げず、ほぼ滑れていない。 滑れない理由はわかっている。
削るところから始める。それが本気の遊び方。
表面
左:2026年 / 右:2025年
裏面
砂漠の砂がまだついている
必ず、滑って見せる。
そもそもサーフボードをサハラマラソン(サハラ砂漠マラソン)に持ってくるやつはいない。 だからやる。日本初、世界初シリーズは色々とやってきた。 これもその一つだ。
いつか必ず、サハラの大きな斜面をサーフボードで滑る。 この野望を絶対にやってやる。
「日本で練習すればいいじゃないですか」とよく言われる。 でもサハラ用だから、サハラでしかやらない。 それだけだ。
「2027年は少し長くして、
必ず滑って見せます。」
2026年。仲間と笑いながら砂漠を行く。
くだらないことに、全力で。
結果がわからないことに挑戦する方がわくわくする。 2度失敗している。でも、だから2027年がある。
まあ、男のロマンみたいなもんだ。 くだらないことに全力で向き合う。 それが一番楽しい遊び方だと思っている。
— それやってなんの意味があるの?なんか得られるの?
そんな事は一切関係ありません。
本能的に楽しいかどうか、それだけです。
意味のないことをやり続けていると、
そこにはちゃんと意味が生まれてきて、
その意味を仲間とシェアすることで意義になり、
その意義を積み重ねると美学になり、
その美学を追求すると自分のスタイルになり、
それが自分らしさになるんです。
── Yoshio
あなたは何を背負っていますか?
サーフボードじゃなくていい。 でも、誰でも何か背負っているものはあるはずだ。 それを砂漠に持っていけばいい。
ひとりで歩く時間。自分と向き合う。
背中のものを背負ったまま、前へ。
自分らしく、砂漠に立つ。
「横並びにみんな同じ格好をしても面白くない。
どうせなら、え?ってなった方がいい。」
── Yoshio