サハラの15日間、
現場で何が起きるか。
日本出発の前夜から、マラケッシュ、ワルザザード、砂漠のビバーク、Stage 1〜6、 そして帰国までの流れを時系列で整理。出場前の「何が不安か分からない」を、 「何が起きるか」に変えるためのドキュメント。
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サハラマラソン(サハラ砂漠マラソン)は、フランスのAOIが主催する「自己完結型ステージレース」。 だが現場では、レース本番の7日間だけでなく、渡航・現地移動・ビバーク生活・帰国までを含む約15日間のプロジェクトとして進む。 このページは、公式情報・参加者の体験談・YouTube動画などから共通する「現場の流れ」を抽出した、時系列ドキュメント。 出発前の準備の目安として、また本番中の「次に何が起きるか」の見通しに使ってほしい。
※ 日付は2026年大会(40周年記念)を例にしており、毎年4月上旬〜中旬で前後する。最新の日程はMDS公式サイトで確認を。
砂漠へ向かう15日間
日本からの参加者は、多くが成田・羽田経由で出発する。エミレーツ航空(ドバイ経由)やエールフランス(パリ経由)、ターキッシュエアラインズ(イスタンブール経由)が選択肢に入る。 前泊するか当日入りするかは、集合時間と自宅の位置しだい。空港で他の日本人参加者と合流するケースも多い。
「250kmなんて走ったことがない」「日中50℃を超えるらしい」──直前まで不安は消えない。 これは毎年、誰もが通る心理。経験者も同じ不安を抱えて飛行機に乗っている。
▶ Tip:最終荷物チェックは自宅でなく空港で
空港ロビーで最終的にパッキングし直す参加者は多い。キャリーとリュックを広げられるスペース(3階の奥など)を確保すると、他の参加者と情報交換もできる。
MDS運営からは「ロストバゲージを防ぐため、レース中の必需品はできる限り手荷物に」とのアナウンスがある。 預け荷物が届かず、そのまま現地入りを余儀なくされるケースが毎年報告されている。
食料にビーフジャーキーや乾燥食材を入れる場合、空港の保安検査で確認される可能性がある。 保安員が無造作にリュックを触ることを嫌う場合は、「自分で出します」と伝えれば対応してもらえる。
▶ 警告:モロッコはドローン持ち込み禁止
モロッコは国としてドローンの持ち込み・使用を禁止している。空港で没収され、帰国時に返却されるが預かり料がかかる(1万円前後の報告あり)。砂漠の空撮をしたいなら、主催者が手配するカメラクルーのカットに期待するか、GoProなど手持ち機材にとどめるのが無難。
日本〜モロッコ(カサブランカ or マラケッシュ)の所要時間はおおむね17〜24時間(経由地含む)。 時差は-8〜-9時間。エコノミーでは狭さ・寒さ・眠れなさに悩まされる。毛布2枚・アイマスク・耳栓・ネックピローはあったほうがよい。
機内食は往路だけで2〜3回提供される。普段の食事量と時差感覚が噛み合わないため、「出されたから食べる」と胃を壊す場合あり。搭乗前に食事を軽めに済ませる判断も有効。
▶ 経験者からの一案:復路はビジネス
レース後の身体は想像以上に疲弊している。「往路はエコノミー、復路だけビジネスにアップグレード」という選択をする人もいる。移動は30代と50代で全く違う負荷になる。
多くの参加者はまずマラケッシュに入る。旧市街(メディナ)近辺のホテルに宿泊するケースが一般的で、1泊1〜2万円で清潔なホテルが取れる。 モロッコはアルコール提供店舗が少ないため、飲む派は事前に店を調べておくとよい。
夕食はタジン鍋やクスクスなど、モロッコ料理を味わえる最後のチャンス。Google評価の高い店を選ぶと失敗が少ない。屋台は衛生面にばらつきがあるため、本番前の胃腸トラブルを避けるなら店内食の方が安心。
時差ボケ+興奮で眠れない参加者は多い。現地深夜〜早朝に目が覚めたら、その時間で荷物の最終確認をしておくと本番のビバークで迷わない。
マラケッシュから集合拠点となるワルザザード(Ouarzazate)まで、アトラス山脈を越える陸路で約6時間。大会公式バスで移動する。 朝7時前後にホテルの朝食、9時頃バス出発というスケジュールが定番。
車内は冷房が強めにかかっていることが多い。欧米人参加者が多く、体感温度が違うため、薄手の上着は必携。
乗車時に配られるランチセットは、バナナ・みかん・キットカット・クッキー・2Lの水、といった簡素な内容。口に合わない人は自前で用意しておくと安心。
▶ Tip:AirPodsの翻訳機能が役立つ
車内アナウンスは英語とフランス語のみ。AirPodsのライブ翻訳を使うと、流れてくる内容が日本語で聞こえる。英語が苦手でも意思疎通の助けになる。
到着は午後3時頃。別ルートで入ってきた日本人参加者ともここで合流する。 日本人参加者は毎年20〜30名前後で推移しており、全員顔見知りになる規模感。
到着日は大会側のプログラムはなく自由時間。現地購入の缶詰やアルコール、日本から持参した食材を持ち寄って夕食会を開く流れが定番。 ホテルのシャワーはお湯が安定しないことがあり、石鹸のみで泡立ちが悪い。シャンプーは日本から持参を推奨。
ホテル代は2万円前後でも、マラケッシュの1万円ホテルより快適度が下がる報告が多い。「一泊だから」と割り切る。
朝9時、大会バスで砂漠のビバーク地へ。さらに6〜7時間の移動。電波はこのあたりから急激に弱くなり、ビバーク入り後はほぼ圏外。 道中は山岳地帯から砂漠地帯へと景色が変わっていく。途中の巨大な岩山は、「地球はすごい」としか言いようのない光景。
集合地点にずらりと並ぶバスと「40周年記念大会」の横断幕を見た瞬間に泣く参加者が毎年いる。 経験者の多くが口を揃えるのは「1回目も2回目も、この瞬間は感動する」。
到着するとベルベル人の音楽隊が迎えてくれる。 各自が割り当てられたテント番号に荷物を置き、同じテントの住人と挨拶を交わすところから本番が始まる。
1テントあたりの定員は8名。日本人参加者は「日本人テント」としてまとめて割り当てられることが多い。 初日は競技がないため、事前購入したアルコール、日本から持参した缶詰や乾麺でテント内で食事会を開く流れが定番。
夜は気温が一気に下がる。日中40℃でも夜は5〜10℃まで冷えることがある。 砂嵐で夜中にテントが潰れることも珍しくない。事前に「こういうものだ」と知っておくだけで、動揺せずに済む。
就寝は21〜22時が目安。翌日のメディカルチェックに備える。
朝9時から、参加者1500人超が順次メディカルチェック・ゼッケン受取・写真撮影を受ける。完了まで半日かかる。 呼ばれるまで各自テントで待機しつつ、リュックの最終調整や食料の小分けをする時間にあてられる。
キャリーバッグはここで預けて、以降は競技用リュックだけで生活する。 日本語が話せるボランティアスタッフが毎年1〜2名いることが多く、手続きで不安な点を相談できる。
荷物チェックはほぼ自己申告。心電図などの必須提出書類は、事前に正しく用意しておけば問題ない。
Day 0の昼食は、レース開始前の「最後のまともな食事」。乾燥食品をお湯で戻すアルファ米や、持ち込んだレトルトパックを温めて食べる参加者が多い。
朝7時スタート。初日は比較的短めの30km前後で設定されることが多い。 最初のエイド(CP:チェックポイント)までは約10km。涼しい時間帯に距離を稼ぐのが鉄則。
走力があれば昼前にゴールできる。多くの参加者は午後早い時間にビバークへ戻る。
名物は「ラクダの隊列」。最後尾にラクダがいて、これより早くゴールするのがルール。 コース上でラクダと前後する展開になると、風下に入った瞬間の臭いが強烈。休憩中に抜かすのが定石。
初日の夜は、テーピング・水ぶくれケア・水の配給受け取り・翌日用の食事準備、と地味にやることが多い。 水ぶくれは「できてから対処」ではなく「できる前に対処」が大原則。
2日目は40km前後。距離が長いぶん、同じテントメンバーや道中で出会った他国参加者と会話しながら歩く時間が長くなる。
サハラの醍醐味の一つは、この「歩きながら話す時間」。お互いの人生・なぜサハラに来たか・次に何がしたいか──時間だけは無限にあるので、濃い対話が生まれる。
水ぶくれはこの辺から本格的に出始める。足のどこに出るかは人による。テーピングとクリームは毎晩貼り直すつもりで、予備を多めに持っておく。
3日目は距離こそ30km前後だが、ほぼ砂漠(砂丘)かつアップダウンが増える。 疲労の蓄積も効いてきて、「なんでこんなことをやっているのか」の自問自答が始まる参加者が多い。
メンタルが揺れる日。「もう十分頑張った、ここで降りてもいい」という声が内側から出てくる。 ここで下りる人と、続ける人に分かれる分岐点でもある。
翌日のオーバーナイトラン(Day 4)に備えて、早めに就寝する参加者が多い。 だが緊張や高揚で眠れないのも定番。眠れなくても横になって身体を休める姿勢で十分。
MDS最大の難所、オーバーナイトラン(ロングステージ)。 距離は80〜90kmに及び、制限時間は30時間以上。日中に出発し、夜を挟んで翌日にかけて進む。
Day 4を越えられるかどうかが、完走と DNF の分岐点。ここでリタイアを決める参加者が一番多い。 逆に言えば、ここを通過できれば完走がぐっと近づく。
途中の大きな砂丘では、サーフボードで滑り降りる挑戦者もいる。 現地のスタッフや他国参加者が驚き、大会の名物シーンの一つになっている。
夜間走行はヘッドライト必須。想像以上に暗く、道しるべは発光マーカー(ケミカルライト)のみ。 冷えと眠気で一時的に判断力が落ちるので、無理せずエイドで仮眠を取る判断も重要。
Day 5は公式の休息日。オーバーナイトランを早く終えた参加者は前日のうちにビバークへ戻るが、 時間がかかった人はDay 5の朝〜昼にかけてゴール。全員が揃ったら、テントで体を休める。
コカ・コーラの無料配給がこの日にある、というのが参加者の間で語り継がれている名物イベント。 自己完結レースの中で、唯一「外から食料が差し入れられる」瞬間。
水ぶくれや爪の処置、ソックスの洗濯、翌日に向けた装備整理など、各自でケアにあてる。
Day 6はフルマラソン距離(42km前後)。オーバーナイトランを越えた後なので精神的には楽だが、脚と足裏のダメージはピーク。
走れる人は走り、歩く人は歩く。ペースは自由。 この日のゴール=実質的な「メダルの保証」になるため、ゴール直後に泣く参加者が多い。
最終日は約10kmのショートステージ、通称「Solidarity Stage(連帯のステージ)」。 参加者全員でゴールラインをくぐる、大会のセレモニー的な1日。
各自のペースで歩き、ゴールではMDSオリジナルのメダルが首にかけられる。 ここでテント仲間と写真を撮り、1週間をかけた戦いを閉じる。
朝、大会バスに乗り込みワルザザードに戻る。 ビバーク→ワルザザードは小型バンで途中まで、途中からベンツ製バスに乗り換える年もある。 道中は砂利道+舗装路のミックスで強く揺れる。
車内でランチパックが配布される。冷えたバナナやマドレーヌ風の菓子パン。 7日間砂漠で乾いたものばかり食べていた身体には、冷たくて瑞々しいものが染み渡る。
▶ 警告:バスの席選び
1番後ろの窓側は、タイヤハウスの出っ張りで足元が狭いことがある。 1番快適なのは1人席、または日差しと逆側の窓席。 左ハンドル国なので進行方向右側がベター。午後の日差しを避けられる。
夕方、ワルザザードのコスワンホテル(Hotel Kenzi Azghor など大会指定ホテル)に到着。 キャリーバッグを受け取る。ここから各自の宿への移動は自力。日本人参加者が集結するホテルへ移動する流れが一般的。
ここで「水道を捻ると水が出る」「シャワーでお湯が出る」「ベッドがある」という日常のありがたみを全身で噛み締める。 日本で用意してきた味噌汁を1杯飲むと、確実に泣ける。
この日のホテル代は基本的に自腹。参加費には含まれない。 部屋は最低限の設備(冷蔵庫なしの場合あり、エアコンはリモコンなしのこともある)。
▶ 警告:忘れ物が起きやすい
7日間の疲労+移動の慌ただしさで、この前後は荷物を忘れやすい。 過去参加者の報告では、コスワンホテルに靴を置き忘れた、タクシーにランチパックを忘れた、といった事例あり。 持ち物は「キャリー・サーフボード・靴・ランチパック・パスポート入り小バッグ・リュック」の最大7点。 移動のたびに数を数えるクセをつけると安全。
ワルザザード滞在を1〜2泊挟んで、往路と同じルートでマラケッシュへ戻る。 身体が回復しきっていないため、再び6時間のバス移動は体にこたえる。
マラケッシュでは、往路では入らなかったお土産店や観光スポット(ジャマ・エル・フナ広場、バヒア宮殿など)を回る参加者も多い。 土産物は、アルガンオイル・サフラン・ミントティー・革製品が定番。
マラケッシュまたはカサブランカから、往路と逆ルートで帰国。所要時間は17〜24時間。 往路とは比較にならないほど身体が疲弊しているので、機内での過ごし方が体調を左右する。
水ぶくれや爪の剥がれが完治していない状態での長時間搭乗になるため、ゆとりのあるサンダルを機内用に用意しておくと楽。
羽田または成田に着陸した瞬間、15日間のサハラが終わる。 ただし多くの経験者が口を揃えるのは、「サハラは終わったその日から、次の1年の準備が始まる」ということ。
リタイアした人は「来年こそ」と誓い、完走した人は「次は走って完走する」「仲間を連れていく」と次の目標を口にする。 この持続する熱量こそが、MDSが他のマラソンと違う点。
翌年の挑戦が始まる。
辞める時は、完走し切った時。
サハラを構成する、象徴的な風景